第2章:倒産(1)

会社に戻るとすでに半数の社員は戻っていました。弁護士の姿を見て勘のいい社員は、「取引先の関係者ではない」とすぐに察したと思います。社内に今まで感じた事がない緊張感が漂いました。私は、「詳しい事は全員揃ってから話すから、こちらは弁護士の○○先生、大事な話なので先生にも同席してもらうから」とみんなに聞こえるように話をして、応接テーブルに弁護士を案内しました。緊張感はさらに高まりました。もちろん弁護士が社員達と会うのは初めてでした。応接テーブルと社員の業務スペースとの間は何の仕切りもないため、この場での会話はすべて社員達に聞こえてしまいます。弁護士は気を利かせて、ショートメールで直前のアドバイスをしてくれました。

 

解雇予告手当もまず支給できますから、みんなが少しでも安心できるように話をしてあげて下さい」

 

午後4時30分、全員が揃いました。ただならぬ緊張感の中、私は事務所の一番奥に立ちました。

 

平常にはとても話ができないと思っていたので、予め原稿を用意してありました。関係者すべてに配布する予定の謝罪文をまずみんなに配り、ひと呼吸おき、大きく深呼吸をして、私は原稿を読み始めました。

 

会社の現状

今日で一切の業務を停止

債務整理を弁護士に一任

みんなへの謝罪

未払い賃金と予告手当の事

失業保険などみんなが手続きすべき事

 

社員の誰ひとり、今日のこの話を予期していたものはいなかったと思います。

 

途中、こみ上げてくるものがあり、言葉につまりました。

私は最後まで原稿を読み上げました。

 

「倒産するってことですか?」ひとりの社員が口をきりました。私は黙って、首を縦に1回振りました。

 

私に罵声を浴びせるものや、詰め寄ってくるものはいませんでした。それは、今までの社員達との関係や、先ほど私が話した言葉が、伝わったのだと後になってそう思いました。

私の話の後、弁護士から今後の手続きの見通しや、各人がすべき手続きの質疑対応などをしてもらいました。ひと通り話が終わった頃、関係各社へのFAXが入り始め、会社の電話が頻繁に鳴り始めました。事態を把握した社員達が、必死にその対応をしてくれていました。

 

最後まで、誰ひとり、私を責めるものはいませんでした。逆に私の身を案じてくれるものや、今日まで仕事をしてこれた事に感謝の言葉を伝えてくれるものもいました。

私は、明日からの戦いの勇気をもらえたような気がしました。

 

午後9時、全員が退社し、私は事務所の扉に弁護士との連名の告知文を貼り、鍵をしめて弁護士と一緒に事務所を出ました。

 

私はいつも通り自宅に戻りました。前記したようにもし債権者が訪ねてきたら、向き合い、謝罪の気持ちだけは伝える考えでいました。

 

こうして、倒産処理の1日目が終わりました。

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